瀬戸口勉(JRA)元調教師プロフィールから騎手情報・馬主まで公開!

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元JRA調教師のある瀬戸口勉さん。

体調があまり良くなく、滋賀県の栗東市内の自宅で亡くなりました。

9日に午後のことであり、病名は急性白血病だった。

元JRA調教師の瀬戸口津勉さんは名誉を多々残して素晴らしい騎手でもあり、調教師でもありましたね。

元JRA調教師の瀬戸内勉さんの、騎手・調教師のプロフィールや経歴など・ナンバーなども含めてご紹介します。

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元JRA調教師瀬戸口勉さんのプロフィール

  • 名前 瀬戸口勉(せとぐち つとむ)
  • 出身地 鹿児島県鹿児島市
  • 生年月日 1936年11月3日

瀬戸口勉さんは騎手から始まり、引退して調教師になります。

JRA騎手瀬戸口勉さんの騎手プロフィール

所属団体はJRAで

1959年の3月1日に初免許をとり、

重賞勝利が7勝・G1級が1勝で通算勝利が2534戦329勝とかなりの場数を踏んでますね。

騎手として引退をしたのは、1973年2月28日なので

約14年やっていたことになります。

瀬戸口勉さん調教師プロフィール

ここから瀬戸口勉さんの調教師として初まりを迎えます。

免許取得が1973年で、1975年に開業します。

重賞勝利が51勝・G1級勝利が15勝と好成績を残し、

通算勝利が8155戦864勝になります。

さすが大ベテランで名調教師と言われてますね。

瀬戸内勉さんの騎手時代の経歴

1955年鹿児島県立鹿屋農業高校の畜産科に在学していて、

京都の上田武司さんのところに騎手見習いに入ったことがきっかけで、

1959年に騎手としてデビューしたそうです。

でもきっかけもかなり重要になってきます。

自分の目標がしっかり決まっていたのですね。

その後、

1963年にはミスマサコで桜花賞で優勝。10年後・1973年に引退して、

騎手時代の成績は通算2534戦329勝で幕を閉じた。

瀬戸口勉さんの調教師時代の経歴

騎手に終止符し調教師としての瀬戸口勉さんの初めリを迎えます。

1973年に調教師免許を取得して、

1975年に栗東トレーニングセンター開業します。

1988年にあの名馬・オグリキャップが活躍して2005年には54勝をになり、JRA賞を受賞する。

言うまでもないけど、騎手としても調教師としても名がつくほど方だと思います。

瀬戸口勉さんの馬主としては?

2007年調教師を引退後、地方競馬の馬主として登録して、

中央競馬の登録を抹消された、競走馬を引き取ることになり、

名古屋競馬の瀬戸口悟におもに預託していたそうです。

まとめ

瀬戸口勉さんは2つの顔があり、

名騎手でもあり、名調教師でもあります。

一つのジャンルを極めて方で素晴らしいです。

瀬戸口勉さんみたいな方が、名を残し、競馬界も盛り上げていたのでしょう!

これからの競馬界も盛り上げてくれる方は多数いると思います。

最後までお読みいただきありがとうございます!!

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